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境内のご案内 「社名碑」
社名碑
明治38年(1905年)5月27日、日露戦争において当時世界最強のバルチック艦隊(ロシア)を迎え撃った日本側の司令長官東郷平八郎(後の元帥)は、御祭神(黒住宗忠神)の「身も我も心もすてて天(あめ)つちのたったひとつの誠ばかりに」との御歌を吟じながら全軍を指揮したと伝えられています。

今も境内に立つ宗忠神社の社名碑は、東郷元帥が染筆したものです。